Caffè mocha おかわり3杯目

年相応な女性として普通に生きています。

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Category: 映画鑑賞(GID)

Tags: Caffèmocha  

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わたしはロランス

わたしはロランス

「彼は、女になりたかった。彼は、彼女を愛したかった。」
ある日の事、ネットを渡り歩いた時にそんなキャッチコピーが目に飛び込んで来た。

これはいったい何だ!?

そう思った私は躊躇なくそのブログに入ってみる事にしました。

映画か・・・
どうやらここは公式ページにも飛べるレビューページのようだ。

『わたしはロランス』名前がタイトルって、この人の物語なのかな?
早速、ストーリーが書かれていたので拝見してみる事に

監督は、現在24歳の グザヴィエ・ドラン と言う
この歳で既にカンヌの常連らしい、
3作品を手掛け全てカンヌ映画祭に出品された経緯を持つ。

その撮り方にも注目が集まる。

人の顔ばかり大きく見せる手法は、それだけにその者の表現力を増す。
でも作中の人間の毛穴まで感じてしまうのはどうなのか?
その場面で顔大きいのはいらない気がするけど・・・
など、賛否が分かれるところでしょう。

また、芸術性にも優れている。
色とりどりの服が空から降る場面は圧巻です。(観たい)

これだけ聞いただけでも凄い若者だと言うのが伝わって来る。


**********ストーリー**********

彼は、女になりたかった。
彼は、彼女を愛したかった。
どこにも行けない"愛"に果敢に挑戦するふたりの、
とても"スペシャル"な、ラブストーリー。


laurence_anyways_03.jpg


モントリオール在住の小説家で、国語教師のロランスは、
美しく情熱的な女性フレッドと恋をしていた。

30歳の誕生日、ロランスはフレッドにある秘密を打ち明ける。
「僕は女になりたい。この体は間違えて生まれてきてしまったんだ」。
それを聞いたフレッドはロランスを激しく非難する。
2人がこれまでに築いてきたもの、
フレッドが愛したものが否定されたように思えたのだ。

しかし、ロランスを失うことを恐れたフレッドは、
ロランスの最大の理解者、支持者として、一緒に生きていくことを決意する。

メイクを教え、女性の服装で生活すべきだと促すも、
モントリオールの田舎町で生活するのは困難がつきまとう。
あらゆる反対を押し切り、自分たちの迷いさえもふり切って、
周囲の偏見や社会の拒否反応の中で、
ふたりはお互いにとっての"スペシャル"であり続けることができるのか…?
(公式ページより抜粋)

********************************

えっ、待って・・・

こ・これって!?

これってウチら夫婦の話じゃないか?

ちょっと興味あるかも

それにこのポスターの絵、引き込まれるとても素敵だ。

こう言う話に飢えているだけに、気分は既に観に行くモード。
興味を持った私は、妻を誘い早速休みの日に観に行く事にしました。

場所は渋谷のアップリンク(UPLINK)と言う劇場。
渋谷の繁華街からちょっと離れたところでスクリーンはミニシアターのようだ。
画面サイズは、今時の4:3(スタンダードサイズ)で
当然だけど家のテレビで映画観てる気分です。

番号札を持たされ順に映画を観る場所に詰め込まれる。
つまり速い者順ってことね
30席かな?6席×5列中、なりゆき的に真ん前で観ることにします。

程なくして映画が始まる。
そして私はその中の一部となった。


『何故ロランスは女になりたかったのか?』
(ここから先ネタバレ注意)

この映画の主人公は劇中では詳しくは紹介していないが、
今で言う性同一性障害者(通称GID)である。
つまり私と同じ。

80年代から90年代を舞台にした映画なので
まだその辺の定義が確立していな時代を背景としている。

当然、主人公は自分がそんな条件を持つ人間であるなど分るはずもない。

劇中で主人公が取った行動がある
私も同じ年代を生きた人間なので主人公の行動が痛い程分るし、
当然、自分も同じ様に生きて来た。

つまり"自分を偽って生きる"こと
自分は頭がおかしな人間と思っているからこそ修正しようと努力するのである。
男で生きる努力をする。
男らしく生きる事で直そうと努力をする。
体が男で生まれ、心が女側にいるなど常人と呼ばれる多数者には
全く理解出来るはずもないでしょう。
そんな時代だもの
当然相談者など周りには誰もいない。
例え自分と同じ人間が居ても気がつかないでしょうしね

ロランスは女になりたかったのではなく
生まれた時から女だったが、体がそれとは異なっていただけ

では、女であって女を愛すると言うことはどう言うことだろう?
これまたビアン的指向のみに特化したかのように思えるが、
性同一性障害の場合、そうとも限らないので話がとても複雑なのです。

性同一性障害とは単一的な恋愛対象で片付けられるほど簡単なものではない。
多分、複雑な条件下で生活せざる終えなかったことで
導き出された結果とも思える。

結局、生活をする上で男とか女とかではなく
家族として愛することはもちろんだけど
"夫"として"妻"として当たり前の様に愛する家族愛なんだと私は思う。
これって、どんな条件下であっても普遍なんじゃないかな?

これはGID視点だけど
これに妻がどう応えてくれるかで結果が違ってくる。
妻も同じ様に夫を男ではなく夫として愛せれば良いだけのこと

しかし、世の中そんな簡単には済まないのである。
それがこの『わたしはロランス』の中で語られている。

ちなみにここではロランスとフレッドは同棲生活をしていて、
お互いが結婚しているとは語られていない。
が、ほとんど内縁の妻的存在でフレッドが描かれている。

『フレッドはその時どう思っていたのか?』

映画の前半は、そんなロランスの心の葛藤と
フレッドの苦悩にスポットが当てられる。

冒頭でロランスは、フレッドにカミングアウトをする。
性同一性障害と言う概念が無かった時代。
まだ変人扱いされて当然の時代にロランスはフレッドに
自分と言う人間を語るのである。


TKY201309130315.jpg
「僕は女になりたい。この体は間違えて生まれてきてしまったんだ」。

カミングアウトされたフレッドは怒り、悲しみ、そして悩み苦しみます。
理解出来るはずもないので当然の結果でしょう。
しかし、ロランスのフレッドに掛ける愛はなんら変わることが無いことに
フレッド自身が気づいた時、ロランスの良き理解者になろうと努力する様になります。

化粧の仕方を教えるなどロランスを分ろうとするフレッドだが、
未だに割り切れない気持ちと日を追う事に変化していくロランスに気分も滅入ります。

女性として社会に徐々に溶け込もうともがくロランスは酷い差別を受け始めます。
そして、ついには暴力沙汰になりキズだらけになって帰って来るロランス。

そんなロランスを見るのが辛くなるフレッド、
立ち寄った昼食の場面でウエイターに冷やかされたロランスを見て
ウエイターに向けて発狂するフレッド。

でもね、思うにフレッドは単にウエイターだけに気持ちをぶつけたのではなく
このロランス達を取り巻く社会全体に苛立ってもいたのだと思います。
差別と言う大枠の中でキズつくロランスを見てられなくなったのだと感じました。

後に、私の妻もその場面でブワッと涙が溢れたとのこと
妻自身とフレッドの気持ちがオーバーラップしたんでしょう。
まったく同じ気持ちだったと思うと聞かされました。

私はその時、ロランスがオロオロしていた気持ちが良く分かった。
これ、ほんとウチと同じだもの

日本じゃここまで露骨に差別は受けないが、
オープニングで人の視線ばかりを注視した場面があるのだが、
これ即ち常人が得体の知れないものを見た時にとる行動を表現しています。
それぞれが、見て見ぬ振りをするが何かを含んだ表情浮かべている。

そう、これが当事者にとってとっても痛いのである。
差別と言うより奇異的なもの蔑視的なものに近いのかもしれない。
日本ではこちらがメインでしょうね

多分、あきらかにパス(見た目女にしか見えない)していれば
何も見ず、何も感じない視線、いや視線をも飛ばさないでしょう。
私も始めのうちはこんな感じで視線が痛かったのを覚えています。
何処でと言うのは避けておきましょう。

さて、中盤の作りはロランスが女として社会に溶け込み
そこで差別を受けながらも果敢に前に進もうとする姿と
フレッドの複雑な気持ちに焦点が当てられています。

その話に進む前に・・・
ロランスの母との確執も大事な要素として描かれています。
こちらを先にお話しておきましょう。

『今のロランスを作ってしまった家庭環境とは?』

性同一性障害者って何故生まれるか知っていますか?
それは未だに完全には解明されていません。

今、その候補の1つとされるのが
『身体的性別とは一致しない性別への脳の性分化』らしいです。

これは母の胎内、つまり胎児期に心身共性差が形作られるのですが、
通常脳は身体的性別と一致します。
それが、"何らかの要因"によって身体的性別とは一致しない脳を部分的に持つことにより、
性同一性障害を発現したものと考えられるらしいです。

何らかの要因?

このほとんどが当事者の家庭環境にあることが多いです。

母が妊娠し産み落とされる期間、特に胎児の脳生成時に
母親に降り掛かる災難により引き起こされる事が『要因』ともされています。

家庭不和
ショッキングな事故
母体の病気
戦争や災害による影響

まぁ戦争や災害で死者が多数でると必ずと言って良い程、
その時期の生まれる子供は女の子が多数生まれるのも
こういった人知を越えたものが影響しているからこそなんだと思う。
人の意志や常識とは別に環境で左右されるもの
そう考えると不思議ではないよね

その辺の因果関係は素人の私には分りませんが、
ロランスの家庭も一筋縄な家庭ではない内容で描かれています。
家族に無頓着で家では自分の世界でしか生きれない父親。
テレビ命の父に声を掛けようものなら邪魔者扱いされるのが良い例です。
母親もほぼ共依存化しており、ロランスに十分な愛を注いでないのが分ります。

一見して外見からは普通の家庭に見えるロランス一家、
しかし、父も母もロランスが苦しんでいるのに耳を傾けようとはしません。
ロランスもそれを知っているからこそ
父母に対し、一歩身を引いた対応を取っているのが伺えます。

やはり昔からそうだったんだろうね

この家庭ならばロランスが生まれる以前も母親の心は荒み切っていた
そう感じさせる一見普通に見えるダークな家庭として描かれています。

後半、母の心の変化に注目したい。

共依存で父に服従の姿勢だったロランスの母、
心身共ボロボロになって母の元へ返って来たロランスを目の当りに見て
やっと子供(ロランス)の助けを求めるサインに気づきます。

父が大事にしている大型のテレビを投げ飛ばし
その父が呆然としている中、ロランスを連れ外に逃げ出します。

やるな母!

正直、ロランスの家庭は、私より恵まれていると感じた。
現実はもっと過酷だから
ここだけは若き監督、描き切れていなかったように思えます。

さて、話を軌道に戻しましょう。

その後、ロランスとフレッドはくっついたり離れたりを繰り返します。

その背景には、ロランスが学校での立場を失い、
会社をクビになったことも含まれる。
応援する先生も居たが、校長は世間体(親達の視線)を選択し、
結果、ロランスをクビに追いやったのである。
(ここ最後の場面でキーになります)

また同時期、ロランスの子供をもうけたフレッド、
心身共に衰弱し切っていた彼女が出した結論は別れることだった。
ロランスに身ごもった事も告げず、彼女は旅立つ。
自分から身を引くことで、お互いが不幸になる
泥沼の様な生活から脱したかったのだと察します。
(この場面後半でキーになります)

そのフレッド気持ちが分るだけに何も知らず我が道を行くロランスに
殺意を覚えた観客は多いと思う。
後に一般の方のレビューを見せてもらったが、
やはりと言うか当然の流れでロランスの我がままだと思われているようだ。
普通の人にとっては、体と心の違和感など
取るに足らない問題にしか思えないと思う。
なってみないとどれだけ苦しいかだなんて理解しようが無い
至極当然の結果でしょうね

『恋の逃避行その先にあるものとは?』


その後、子供の未来を案じ普通の男性と結婚したフレッド。
何不自由のない"平凡な毎日"を送り、
とてもとても退屈な日々をおくるフレッドが窮屈に描かれている。
一方のロランスは自身の詩集を出版する程の有名人になっていました。

時代も次第に移り変わり80年代から90年代に向かう辺りから
2人の間には昔とは違った感情が見え隠れするのが感じられます。

2人と言うよりはフレッドの変化に注視したい。

相変わらずロランスはフレッド一筋で
別れたフレッドに自分の詩集を贈り気持ちを伝えます。

その詩集の中身は分りませんが、
あきらかにフレッドの思いが詰まったもののように思える。
ある暗号が書かれていた。
フレッドにしか分らない暗号。
言葉遊びが好きだった2人だからこそ分ったのかもしれない。
しかし、一歩間違えればロランスのストーカー行為でしかない危ない遊び、
フレッドの家の白い外壁、レンガの1つをピンク色にするいたずらだ。

何年も別れていたがちょくちょくロランスはフレッドの家を訪れ
黙って車越しに遠くからフレッドを観察していたのである。
これはストーカーの域を超えているかもしれない。
何ヶ月とか言うレベルではない。
子供の成長過程も見れる程何年もフレッドを一途に思っていたのだ。
だだをこねても別れたくないロランスの気持ちが
ここに凝縮されていると思って良いだろう。

そんなロランスの気持ちを詩集で知ったフレッド。
フレッドもまたそんなロランスの気持ちに共感し、
逢いたい気持ちで一杯になります。

早速、彼を受け入れ、主人が居ない家にロランスを招き入れます。


2014_01_18_16_47_22.png
(この時のロランスの心からにじみ出る様な幸せな笑顔が忘れられない)

満たされない生活にフレッド自身も割り切れていなかったのでしょう。

そんなロランスとフレッドが
恋の逃避行をする場面があります。
まるで夢の様な世界の中、2人は再び深く愛し合います。


001-1.jpg


この辺の場面が見せ場でしょうか、
芸術的にも美しいと思えるカットが数多く目に飛び込みます。

ロランスの知り合いにロランスと同じ経緯を持つ性同一性障害者の
FTM(♀→♂)男性と女性のカップルがいるのですが、
彼らに会う為にフレッドは退屈な生活から抜け出し
ロランスとの逃避行の末、彼の地まで訪れました。


002.jpg


ロランスとフレッドがこのFTMのカップルの話を聞いた辺りからでしょうか、
2人の気持ちにある変化が生じるのが分ります。

フレッド自身に性同一性障害に対する偏見があることを発見する場面、
これは何を意味するのか?
フレッドの中で性転換に対する嫌悪も感じ取れます。
だとすれば当然の流れとも思う。
また、恋の逃避行がロランスの愛人からフレッドの主人に伝えられバレた事で
フレッドがあたふたと慌てる場面の中、ロランスと口論になります。
慌てていたせいかフレッドがとんでもない事で口を滑らせます。

「あなたと分かれる前に子供を下ろした」と

それもロランスに内緒です。
これが事実だとすれば、あの子供は今の主人の子?

それを聞いたロランスは愕然とします。

この逃避行でロランスとフレッドの価値観がまった違う事に気づきます。
ロランスはこのまま一緒にまた暮らさないか?的なノリ。
それに対しフレッドは、ほんの出来心、火遊び的なノリ。

それが子供下ろし発言でハッキリしたのは言うまでもありません。

ここ、誰もが勘違いしていたのではないでしょうか、
現在、フレッドの子として成長している子供はロランスの子と思って見ていたが、
実はその子は今の主人の子供でロランスの子では無い。
(観ている観客も騙されていたようだ)

そもそもがロランスは今のフレッドの子が元より自分の子だとは思ってはいない。
何故ならフレッドはそれを知らせずに別れたからだ。
ロランスの子をはらみ、ロランスに知らせずに下ろし
そして別れたことになる。

何の為に?
フレッド曰く、あなたとずっと一緒に居たいから
??
本当にそうなのか?

子供の未来を考えて?
お互いの幸せの為に?

結論から言えば惨い話だけど『世間体』なんだと思う。
何をするにも世間体。

「あなたとずっと一緒に居たいから」

嘘ではないが矛盾にも満ちている。

結局は自分の為なのか・・・?


この辺り、私的にもう1つ違う面からも検証したい。

ロランスは子供が欲しかったと考えていたら?
当然愛する人の子供、フレッドの子である。

子供=ロランスの愛の結晶
ロランスにしてみれば「あなたとずっと一緒に居たいから・・・」より
愛の結晶を何故?と思ったに違いありません。
ロランスは劇中(以前)「君に必要なものは全て与える」と言っている。
それはいくつかの対象があり、その中に子供も含まれていただろう。
ロランスの中では子もフレッドに捧げる愛の形だったのかもしれない。

しかし、下ろした切っ掛けを作ったのはロランス自身にある。
そのような方向に導いてしまったロランスの非は大きい。
つまりフレッドの罪はロランスの罪でもある。
それが分ったので見ていていたたまれなくなった・・・

これ、そもそも論にも通じる。

そもそも『女』と思っている人間が『父』になるなんて
私は父になろうがなるまいが、全てを受け入れる覚悟があるのなら
どちらでも良いと考えている。
でもね、現実はそんなに甘くはない。

ここには色んな思いが詰まっていそうだ。


次の日、ロランスは泊まっていた宿から忽然と姿を消し、
フレッドの前から立ち去ります。


005.jpg


それから数年後、舞台はモントリオールに戻り、
アメリカに渡ったロランスが戻って来た辺りから話が再開します。

ロランスの表情が違う。
女に磨きを掛けたから?
イヤ、もっと何と言うか"吹っ切れた"感とでも言うのかな?

再びフレッドと会えるようフレッドの妹に今の所在を聞く、
どうやら今の主人と別れたらしく、子供と2人暮らしのフレッド。

普通ならこの流れ、寄りを戻すのか的な流れに見えそうだが、
2人がいざ会ってみて何となく空気が重い事に気がつく

結局、顔を合わせれば口論となる。
毎度の事だ。
だが、今回は何かが違う。

突然、ロランスが核心に迫る発言をする。

「自分が女性にならなくても、いつかは別れていたのだと思う」と

ロランスはその事についてフレッドに何度も答えを求めるが
フレッドは答えず話を止めるよう促すが、ロランスは話を止めようとはしなかった。
いたたまれなくなったフレッドはトイレに行く振りをして出て行ってしまう。


20131112232307.jpg


今までのフレッドなら口論が続くように思えるのだが、
それに対し反論もせず出て行ってしまうと言う事は、
つまりこれはフレッド自身もそう感じていたのかもしれない。

ロランスは慌てる素振りも無く
かも当然と言う表情でフレッドが逃げたであろう裏口から
同じ様に店を後にする。

そう、これはロランスの決別なんだと思う。
核心をつかれたフレッドは結局答えきれず逃げてしまったのだ。

これまでは、
フレッドは今を生き、
ロランスはフレッドの亡霊を追いかけ生きていた。

そして今、
フレッドは変わらず今を生き、
ロランスは未来を生きようとしてる。

そんな風に見てとれた。

最後に、当時ロランスを学校から追いやった新聞記者のインタビューに
ロランスが答える場面がある。
普通なら嫌がる話だがロランスは堂々と記者の質問に答えを返す。

それはトランスジェンダーが肩身の狭い時代では無いことを意味している様に思えた。
この映画のもう1つのキーは時間だ。
時代背景があるからこそ、そこまでの差別があり
時代と共に自由でいられると言うことのように思える。

ほんと良き時代になったものだ。

そんな記者とのやりとりの最中、ロランスは外の海辺に懐かしい人影が見る
ロランスをクビにした校長とその校長と仲の良いもう1人の先生だった。
その光景から察するに2人はできている。


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そう、2人はゲイだったと言うオチだ。

最後のキーはコレ!
マイノリティー同士、助け合うべき存在でなくてはいけないのに
自分の保身の為、平気で切り捨てる者もいると言う皮肉を
グザヴィエ・ドラン監督は言いたかったのだろうか?

それとも単にゲイだからどうのこうのではなく人間の本質としてなのか?
でもこれだと映画としては何のひねりも無いね

私もよく分らなかったのだが、
LGBT「レズビアン」「ゲイ」「バイセクシュアル」「トランスジェンダー」
(心と体の性が一致しない)の英語の頭文字をとった総称だ。
これはマイノリティー同士、助け合おうがテーマになっている。

が、実際そうなのだろうか?

実は、LGBTの中で軽視されているものがある。
その中で最も蔑視されている存在がトランスジェンダー
つまりは性同一性障害者であるらしいのだ。
(監督へのインタビュー記事で発覚、知らなかった・・・ほんとなの?)

マイノリティーとして仲間と思われていないし、
仲間と思いたくないと思うLGBな人もいるってことを
グザヴィエ・ドラン監督はここまで掘り下げて作品を作ったことになる。

日本ではあまり感じないと言うか・・・そう言うものなの?

いや、何て凄い人だ。

話を戻そう
そんな甘い男達のやりとりを鏡越しに観ていたロランス、
彼はニヤりと笑った。

何と言うか、フンって感じの笑い方かな
彼に取ってクビにした彼らは所詮、もうその程度だってことなんだと思う。

そして、未来に向け生きようとするロランスの話はこれで終わる。

その後、ロランスとフレッドの最初の出会いが
エンディングで流れるのだが、
それがまた初々しい感じで描かれている。
その情景があまりに新鮮でもの悲しさを誘う。

そして話は終わる。

何と言うか、最後に胸がキュンとさせられた映画だった。



余談:
この映画のサブキャッチ『スペシャルな愛』の結果
上手くいかなかった事例がこの映画だとしたら
自分達は今も上手くいっている事例なのかな?

これを『特別な愛』と言うのなら唯一の成功例なのかもしれないね 笑)
(なんて日本でも我々みたな夫婦は大勢いると思う)

『スペシャルな愛』

言葉から感じる安っぽさではなく
そもそもが違う意味合いなんだろうね



この監督の凄い所は、経験した事も無いのによくここまで描けたと言うこと、
だってこの話の材題は、前の自分の映画でスタッフだった1人の女性の
実際の経験談によるものだ。

その心情を汲み取り、気持ちを上乗せして作られたのが
この『わたしはロランス』らしい。

何でも、こんなカミングアウトを旦那に言われた伴侶はどう思うのだろう?
そこがこの作品造りのキーになっている。
それがそのままフレッドの心情に繋がっていて、その通りと私の妻が言う程
この監督は、人の心理描写をも手中に捉えている。

それにしてもあまりに人生経験が豊富な一面を持っている。

本当に24歳なのか疑問に思う程、良く出来た作品。
良い意味で裏切られた映画です。




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Author:milk
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